はじめに
保安規程とは、電気工作物の安全を確保するために、自家用電気設備の設置者が、工事、維持、運用に関する基準を定めて作成し、経済産業大臣に届け出ることが電気事業法で義務付けられています。各事業場の実態に即した内容で策定され、設備ごとの運用状況に応じた具体的な規程が定められます。これにより、電気設備の安全運用を確保し、事故やトラブルを防ぐための基準となります。
この記事では保安規程について、法令との関係や作成例を見ながら解説していきます。
保安規程について
まずは保安規程について触れる前に、電気主任技術者について押さえましょう。
電気主任技術者は、事業用電気工作物の工事・維持及び運用に関する保安の監督をさせるため、設置者が電気事業法上置かねばならない電気保安のための責任者です。
電気事業法43条1項では下記のように記されています。
(主任技術者)
第四十三条事業用電気工作物を設置する者は、事業用電気工作物の工事、維持及び運用に関する保安の監督をさせるため、主務省令で定めるところにより、主任技術者免状の交付を受けている者のうちから、主任技術者を選任しなければならない。
引用:e-Gov 法令検索 電気事業法
工場や発電所は電気事故等が発生しないようにその監視や運営をさせる必要があり、その責任者として主に社員の中から電気主任技術者を選任し、その業務にあたらせることが義務付けられています。誰でも良いわけではなく、電気主任技術者の免状を持っている者の中から選ぶ必要があります。
次にその電気主任技術者が面倒をみることになる事業用電気工作物についてですが、これは経済産業省HPの電気工作物の保安で説明されている下記イラストが分かりやすいです。
まず前提となる電気工作物ですが、経済産業省のHPから引用すると下記となります。ようは電気を発電、送電、消費する設備を指すと考えてもらって良いです。
電気工作物とは発電、蓄電、変電、送電、配電又は電気の使用のために設置する工作物(機械、器具、ダム、水路、貯水池、 電線路等)をいい、事業用電気工作物、一般用電気工作物があります。
引用:経済産業省HP 電気工作物の保安
事業用電気工作物は、上記イラスト記載のとおり電力会社や工場などの発電所、変電所、送電線、配電線が該当します。一般家庭など小規模な物件(一般用電気工作物)以外の電気を大量に扱う建造物なんかのことと考えましょう。
この事業用電気工作物を新たに設置する際に、電気主任技術者の選任と保安規程の届出が必須になるのです。(やっと保安規程という単語が出てきましたね。・・・)
保安規程については電気事業法の第42条で下記のように記されています。
(保安規程)
第四十二条事業用電気工作物(小規模事業用電気工作物を除く。以下この款において同じ。)を設置する者は、事業用電気工作物の工事、維持及び運用に関する保安を確保するため、主務省令で定めるところにより、保安を一体的に確保することが必要な事業用電気工作物の組織ごとに保安規程を定め、当該組織における事業用電気工作物の使用(第五十一条第一項又は第五十二条第一項の自主検査を伴うものにあつては、その工事)の開始前に、主務大臣に届け出なければならない。
2 事業用電気工作物を設置する者は、保安規程を変更したときは、遅滞なく、変更した事項を主務大臣に届け出なければならない。
3 主務大臣は、事業用電気工作物の工事、維持及び運用に関する保安を確保するため必要があると認めるときは、事業用電気工作物を設置する者に対し、保安規程を変更すべきことを命ずることができる。
4 事業用電気工作物を設置する者及びその従業者は、保安規程を守らなければならない。
引用:e-Gov 法令検索 電気事業法
電気主任技術者は事業用電気工作物の保安責任があり、保安規程は「事業用電気工作物の保安を達成するために実際に何をすれば、何を基準に取り組めば良いのかについて定めているルール」と思って貰えれば良いです。第4項に記されているように、事業者は保安規程を守ることが義務付けられています。
保安規程は、その事業所ごとに定めた電気保安に関する法律みたいなものなんだね。
保安規程の中身と構成について
さてそれでは保安規程の中身を見ていきたいと思います。前提として保安規程は各地方の産業保安監督部に届出をする必要があるのですが、書式と記載例は産業保安監督部のHPで公開されています。ここでは例として、中部近畿産業保安監督部HPから引用します。(2024年09月13日現在のもの)
記載例での構成は下記となります。
- 第1章 総則
- 第2章 保安業務の運営体制
- 第3章 保安教育
- 第4章 工事の計画及び実施
- 第5章 保守
- 第6章 運転又は操作
- 第7章 長期間の保管
- 第8章 災害対策
- 第9章 記録
- 第10章 責任の分界
- 第11章 整備その他
- 別図第1 保安に関する組織図
- 別図第2 使用区域図
- 別表1 巡視点検測定並びに手入れ基準
また保安規程に記載しなければならない事項については、電気事業法施行規則の第50条に具体的に記されています。
(保安規程)
第五十条法第四十二条第一項の保安規程は、次の各号に掲げる事業用電気工作物の種類ごとに定めるものとする。
一 事業用電気工作物であって、一般送配電事業、送電事業、配電事業又は発電事業(法第三十八条第四項第五号に掲げる事業に限る。次項において同じ。)の用に供するもの
二 事業用電気工作物であって、前号に掲げるもの以外のもの引用:e-Gov 法令検索 電気事業法施行規則
まず上記の第1項で「電力会社の電気工作物(第1号)」と「その他の電気工作物(第2号)」が分けて記載されています。以下は第2号の抜粋です。
3 第一項第二号に掲げる事業用電気工作物を設置する者は、法第四十二条第一項の保安規程において、次の各号に掲げる事項を定めるものとする。ただし、鉱山保安法(昭和二十四年法律第七十号)、鉄道営業法(明治三十三年法律第六十五号)、軌道法(大正十年法律第七十六号)又は鉄道事業法(昭和六十一年法律第九十二号)が適用され又は準用される自家用電気工作物については発電所、蓄電所、変電所及び送 電線路に係る次の事項について定めることをもって足りる。
一 事業用電気工作物の工事、維持又は運用に関する業務を管理する者の職務及び組織に関すること。
二 事業用電気工作物の工事、維持又は運用に従事する者に対する保安教育に関すること。
三 事業用電気工作物の工事、維持及び運用に関する保安のための巡視、点検及び検査に関すること。
四 事業用電気工作物の運転又は操作に関すること。
五 発電所又は蓄電所の運転を相当期間停止する場合における保全の方法に関すること。
六 災害その他非常の場合に採るべき措置に関すること。
七 事業用電気工作物の工事、維持及び運用に関する保安についての記録に関すること。
八 事業用電気工作物(使用前自主検査、溶接自主検査若しくは定期自主検査(以下「法定自主検査」と総称する。)又は法第五十一条の二第一項若しくは第二項の確認(以下「使用前自己確認」という。)を実施するものに限る。)の法定自主検査又は使用前自己確認に係る実施体制及び記録の保存に関すること。
九 その他事業用電気工作物の工事、維持及び運用に関する保安に関し必要な事項引用:e-Gov 法令検索 電気事業法施行規則
産業保安監督部が公開している書式および記載例は、こちらに沿った内容となっており、事業者はこれらをベースに事業場の実態に即した内容へと適宜修正する形で保安規程を作成します。
保安規程本文(第1章~第11章)
記載例を見てもらうのが一番ですが、保安規程の本文にあたるところです。中部近畿産業保安監督部の記載例は事業者が変更しなければならない部分や、この部分は不要など朱書きコメントが入っているため分かりやすいですね。
また令和4年10月1日以降、サイバーセキュリティの確保に関する技術基準省令及び解釈が適用され、保安規程にサイバーセキュリティの確保に関する条文記載が必要となりました。こちらについては後述します。
保安に関する組織図
保安規程に従った電気保安がどのような体制のもとに実行されるかを示すものです。代表取締役や電気主任技術者の立ち位置を表現することが肝要です。
専任や兼任・兼務、それ以外にも保安契約を結んで自社社員以外に電気主任技術者に選任するケースなど多岐にわたるかと思いますので、良く分からない場合は産業保安監督部に聞くのがベストです。
使用区域図
事業場の位置関係や電力会社からの引込(責任分界点の位置)について示した図になります。受電所の位置なども記載する必要があります。
巡視点検測定並びに手入基準
各設備の点検基準やその頻度について示した表になります。日常点検、月次点検、年次点検で実施する項目に影響する部分で、会社や事業所毎によって内容が最も異なる箇所になるかと思います。
例えば 変圧器の絶縁油の試験を1回/1年から1回/3年という形で変更したいと考えた場合、この表を修正し、産業保安監督部に変更届を出すことになります。
サイバーセキュリティに関する保安について
前述しましたが令和4年10月1日以降、サイバーセキュリティの確保に関する技術基準省令及び解釈が適用され、保安規程にサイバーセキュリティの確保に関する条文記載が必要となりました。
スマート保安の推進に伴い、自家用電気工作物における遠隔監視システムや制御システムのサイバーセキュリティが重要な課題となっている状況を受け、経済産業省が自家用ガイドラインを策定しました。このガイドラインは、自家用電気工作物の設置者に対してサイバーセキュリティ対策の強化を促すことを目的としており、設備の安全性を確保するための取り組みを推進する狙いがあります。
以下が概要と適用範囲になります。(中部近畿産業保安監督部からの引用)
「自家用電気工作物に係るサイバーセキュリティの確保に関するガイドライン」の概要
適用範囲
自家用電気工作物の遠隔監視システム及び制御システム並びにこれらに付随するネットワークを防護の対象とし、これらに携わる者に適用されます。
- 保安管理業務の外部委託をする場合にあっては電気管理技術者及び電気保安法人が含まれ、また、外部委託先等に警報を発報する低圧絶縁監視装置も対象となります。
- 外部ネットワークに接続されない構内で完結するネットワークも対象となります。
- 令和4年9月30日以前に設置されている又は工事に着手している自家用電気工作物については遡及適用しません。令和4年10月1日以降、最初に行う変更の工事が完成するまでの間は従前の例によることができます。なお、変更の工事とは、 電子計算機及びそのネットワークの変更が対象で、 遮断器や変圧器等のみの変更の場合は不要です。
- 保安管理業務を外部委託する場合、委託先が変われば絶縁監視装置を取り替えるケースが多いと思いますが、これは電子計算機である絶縁監視装置が変わっているため、変更の工事となり、対象となります。
引用:中部近畿産業保安監督部HP サイバーセキュリティー確保について
具体的にどんな対応が必要になるかについては、事業場の設備内容によって変わってきます。以下は経済産業省が公開している「自家用電気工作物におけるサイバーセキュリティ対策について」からの引用となります。
上記の確認フローに従って、区分A~Cもしくは対象外かを判定します。発電設備を持っているかどうか、逆潮流(電飾会社の送電網に発電した電力を送る)があるかがポイントになります。工場などの需要設備になると、制御システム(DCS、PLC、SCADA)はあるが売電はしていないため、多くはCに分類されるかと思います。
具体的には下記表のような区分になります。
区分が判断できたところで具体的な対応を検討するのですが、これは経済産業省の「自家用電気工作物に係るサイバーセキュリティの確保に関するガイドライン」をご参照ください。
ガイドライン中で区分B、区分Cについては、各条の規定いずれも推奨的事項としており、区分Aについて勧告的事項としています。
- 勧告的事項:遠隔監視システム等、制御システム等に関する想定脅威に対して、設置者等が実施すべきこと。
- 推奨的事項:遠隔監視システム等、制御システム等に関する想定脅威に対して、設置者等が実施の要否及び 実施方法を判断すべきこと。
さてそれでは保安規程への記載ですが、これは中部近畿産業保安監督部の記載例に実は書かれています。記載箇所は「第5章 保守」の項目になります。
以上、サイバーセキュリティの確保についてでした。
まとめ
- 保安規程: 自家用電気設備の設置者は、電気工作物の安全を確保するために保安規程を作成し、経済産業大臣に届け出ることが電気事業法で義務付けられています。これにより、各設備に適した保安が実施されます。
- 保安規程の内容: 保安規程は、電気工作物の工事、維持、運用に関する基準を定めたもので、設備の点検、保守作業、緊急時対応、保安教育などが含まれます。これによって設備の安定した運用が確保されます。
- サイバーセキュリティ対策: 令和4年10月以降、自家用電気工作物の遠隔監視システムや制御システムに対してサイバーセキュリティの強化が求められ、保安規程にもその対応が盛り込まれています。